▼著者に直撃インタビュー『わが家の母はビョーキです』著者:中村ユキさん

▼著者に直撃インタビュー『わが家の母はビョーキです』著者:中村ユキさん



書き下ろしイラストを描いていただきました。
ユキさんが「最近がんばっている」という、
日課のひとつ。

――お母さんがご病気になったとき、どのように思われましたか?
発症の時は幼すぎて、よくわかりませんでした。
ただ子ども心になんとなく不安だったような気がします。

――介護を続けるユキさんの「支え」は何だったのでしょうか?
二つあります。一つは「ユキを産んだときが一番幸せだった」と一貫して言い続けた母の言葉です。母に対して嫌な感情が沸いたとき、この言葉を思い出すことで母への愛情を取り戻していました。この言葉は「私と母の支え」です。
そして、二つ目は「漫画」です。どんなにつらくても、漫画を描いているときだけは楽しい時間を過ごすことができました。つまり、私自身の「心の支え」です。これがあったから今まで心が壊れずに生きてきたんだと思います。これからもずっと、死ぬまで漫画を描いていきたいと思っていますね。

――正直、お母さんを「もうイヤだ」と思ったことはありましたか?
子どもの頃はどんなにつらい状況でも思いませんでした。しかし、大人になってからは母の暴力と暴言がある度に「もうイヤだ」と思うことはありましたね。
憎むべきは病気とわかっていても、母のせいで何にもできない状態になると、母の存在を疎ましく思ってしまったり……。かなり辛かったです。



「共感」と「思いやり」、そして「感謝」の心
――統合失調症のお母さんを抱えられたことで、どのような悩みがありましたか。
「私このままどうなっちゃうんだろう?」なんて、将来が見えない不安が常にありました。
あと、「母が周りに迷惑をかけたらどうしよう」という事も大きな心配事でした。

――看病をするにあたって気をつけていることとは?
「共感」と「思いやり」と「感謝」を忘れないことです。
私の母は、私にとって「鏡」のような存在でした。敵意を向けたときは母も敵意を返してきます。「感謝」の場合は「感謝」の気持ちが返ってきました。ですからサポートする側の家族も、ストレスをためないことです。そしてそのためには、自分自身を大切にする。決して無理をしないことが重要です。

――今はどのような生活を送られていますか?
再発防止に注意しながらも、平凡で穏やかな毎日です。
「何事もない」という生活が、とても幸せに思えます。
母の病状には波があり、幻聴も取れないし、不便もあるけれど、昔とくらべるとマシよねって話しています。そしてなにより家族一緒にいられる事が、嬉しいです。
これまで母娘ともに出来なかった事が多かったので、これからは少しずつ出来ることが 増えればいいなと願っています。

――統合失調症以外にも闘病生活や介護生活をしている人はたくさんいますが、
その方々にメッセージをお願いします。

1人で悩まず、ガンバリ過ぎず、お互いに無理せずに生きていきましょう!



日本を変えるきっかけに!
今回のインタビューでは、改めてユキさんの「強さ」と「優しさ」を感じました。 ユキさんはこの本をきっかけにして、「統合失調症」という病気を社会に知ってもらおうと精力的に活動されています。その想いが一人でも多くの方々に届き、
社会がより偏見なく、障害者がもっと「当たり前」に過ごせるようになることを
願っています。もしかしたら、そう遠くない将来かもしれませんね。

(文責:編集部)
わが家の母はビョーキです
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