▼著者に直撃インタビュー『わが家の母はビョーキです』著者:中村ユキさん

▼著者に直撃インタビュー『わが家の母はビョーキです』著者:中村ユキさん
母が精神科に通い始めたとき、私はまだ4歳でした――。
31年間の想いが詰まった感動のコミックエッセイ『わが家の母はビョーキです』の著者、
マンガ家の中村ユキさんにお話をうかがいました。
わが家の母はビョーキです



中村ユキさんの仕事場風景。
ペンがぎっしり詰まっています。

――そもそも、「統合失調症」とはどのような病気ですか?
「100人に1人の割合で発症する、ストレスが原因の脳のビョーキ」 です。
私の母は、幻聴や妄想、独語などの症状が出て、自殺未遂をすることもありました。もちろん引きこもりなど別の症状が出る場合もありますし、症状は人によってさまざまです。ただし、共通しているのは、ストレスが発症の原因で、誰もが「なりうる」病気だということ。
もちろん、早期治療をすれば回復は早く、抗精神病薬を飲みながら、普通の社会生活を送ることができます。

――統合失調症のお母さんを看病して31年間。とても大変だったかと思いますが、どのような生活でしたか?
一言でいえば、どこにいても母のことを心配し、そして見張らなければならない毎日でした。友達と遊ぶことはもちろん、勉強することもテレビを見ることも、普通の人のようにはできませんでした。いつも不安と緊張を抱えていたように思います。時と場所を選ばずに「豹変」する母に、よくイライラさせられました。夜になっても眠れない日が続きました。

――31年間の中で、一番大変だったときは?
前職の百貨店勤務をやめてこれから漫画家に! と希望をもった矢先に母の「豹変」が一週間も続いたときです。そのときは、初めて「もう死んでもいいや」と思いましたね。『わが家の母はビョーキです』の「PART1その20」のエピソードです。でもその後、つらいことがあったときには、「あのときよりはマシ!」って思えることで「浮上」できるようにもなりましたけど(笑)。



かわいがっているインコとたわむれる、
中村ユキさん。
始まりは「いいなぁ」というつぶやきから
――ご自身の体験を本にして書かれるのはとても勇気のいることだったと思います。それを漫画にしようと思ったキッカケは何だったのでしょうか?
いま、「うつ病」の社会的認知度がグッと上がっていますよね。それを、すごく羨ましく思っていたんです。
うつ病にくらべて、統合失調症はまだまだ知名度も低いし、やっぱり社会からは「誤解・偏見」の目で見られることもあります。
統合失調症も「うつ病」のように理解が広まってくれればいいのになぁ〜と思っていました。
そんなとき、なにげなく「有名人の誰かがトーシツを語ってくれたらいいのに」なんて他力本願なコトを呟いた私に主人がヒトコト言いました。
「ユキちゃんは漫画が描けるんだから、自分で描いてみたらいいじゃない」。
それが描いてみようと思ったキッカケになりました。

――そしてこの力作ができ上がったんですね。では、本書の読みどころはどこでしょうか?
この作品では今まで決して描かなかった「マイナスな感情」を素直に描きました。
トーシツという病気の経過も読みどころではありますが、色々な問題に直面して葛藤し、絶望したり自己嫌悪したり……そんな「弱い私」=「弱い人間」の姿も見てもらえると嬉しいです。嫌な感情が沸いたとき、きっと誰しも苦しいと思いますが、そんなときに「自分だけではないんだ」と安心してもらえたらいいなぁ、と思います。

――――本書を書かれて、周りの反響はどうでしょうか?
「同じ病気なので共感した」「自分ひとりだけじゃないと分かって勇気をもらった」と、周りの人が次々に統合失調症を「カミングアウト」してくれることに驚きました。「100人に1人」という事実を改めて実感しています。統合失調症以外にも、精神病や介護の問題で大変な思いをされている方がたくさんいる、本当にすぐそばにいるんだ、ということを感じました。
また、私宛てに手紙を書いてくれた人、本に共感してくださり「一人でも多くの人の手にとってほしい」とブログで呼びかけてくれる人、一人で5冊以上購入して知人に配ってくれる人などがいて、驚いています。
精神病への関心は、決して低くないということですね。